山の辺の道 <山辺の道>~ 古代に思いを馳せ歩くのどかな道 ~|画像たっぷり 奈良

天理
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天理駅-長柄駅 間

石上神宮の境内を抜けるように山の辺の道があり、奈良方面、三輪・桜井方面のどちらにも向かうことができます。
ここでは、「石上神宮」から、三輪・桜井方面に向かい、長柄駅付近の「萱生環濠集落」「西山古墳」までの区間を紹介します。

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この区間の見どころ


石上神宮(いそのかみじんぐう)

石上神宮は、第10代 崇神天皇の時代に創祀(そうし)されたといわれ、古事記、日本書紀にも登場する日本最古の神社の一つです。
歴代天皇の崇敬も厚く、奈良朝以前から「神宮」の号が使われたのは、伊勢神宮とここだけてといわれています。


内山永久寺跡(うちやまえいきゅうじ)

「内山永久寺」は、1114年(永久2年)に鳥羽天皇の勅願によって興福寺大乗院頼実が創建し、五十二房を持つ大きな寺院となりましたが、神仏分離により廃寺となってしまいました。
南北朝時代に、後醍醐天皇が吉野遷幸の時に立ち寄ったとされる萱の御所跡の石碑と本堂池だけが残っています。
松尾芭蕉も立ち寄った地のようで、ここの桜の美しさを詠んだ句が碑に残されています。


夜都伎神社(やとぎ/やつぎ じんじゃ)

夜都伎神社は、萱葺屋根の拝殿が特徴的な神社です。
春日大社の4神が祀られています。
春日大社と縁が深く、春日大社からは60年毎に若宮社殿と鳥居が下げられていました。現在の本殿は、1906年(明治39年)に春日若宮社から移されたもののようです。
この周辺には、もとは、夜都伎神社と春日神社の二社が存在したが、春日神社一社のみとして、社名のみを夜都伎神社として現在に至っているといいます。


竹之内環濠集落(たけのうち かんごう しゅうらく)

奈良盆地には、多くの環濠集落が存在しますが、竹之内環濠集落は、県内でも最も高い(標高約100m)位置にあるとされています。
南北朝時代から、筒井順慶による統一までの間、戦乱の中で生きのびるため、自衛手段として周囲に濠を備え、用水池を兼ねたともいわれています。


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菜の花スポット(2月末~4月中旬頃)

竹之内環濠集落から100mくらいの三輪方面に歩いた山の辺の道沿いに、この「菜の花スポット」があります。この季節以外は、畑のような感じですが、菜の花の季節は、一面黄色に覆われてた世界が観られます。(咲く時期は、年によって前後します。)

季節限定スポットですが、ここからは、大和盆地の西側の山々や大和三山のうちの二つの山(耳成山・畝傍山)も見ることができます。


三角縁神獣鏡モチーフのマンホール

このマンホールは、次の紹介区間(長柄ー巻向)にある「黒塚古墳」で発見された、三角縁神獣鏡の三角縁神人竜虎画像鏡(黒塚古墳でしか出土していない模様)がモチーフとされており、山の辺の道の特定区間に使われいるようです。
写真は、菜の花エリアから少し、萱生環濠集に向けてたところのものですが、この付近から結構見ることができます。

知らないと、気づかずに通り過ぎてしまうこともあるかもしれません。

マンホールカードにもなっており、見つけると少しうれしいです。


萱生環濠集落(かよう かんごう しゅうらく)

こちらも、竹之内環濠集落と同様の環濠による自衛集落の名残があるエリアです。
山の辺の道をはずれ、萱生環濠集落を登り方向に周回する道があります。石垣を持つなかなかいい雰囲気の家並みがみられます。だだ、上る方向では、環濠を観ることはできません。


西山古墳

西山古墳は、萱生町集落西端(ほぼ隣接)にある古墳時代後期前葉の前方後円墳で、大和古墳群(おおやまとこふんぐん)の中でも唯一後期の大型前方後円墳です。また、唯一前方部を北側に向けているのが特徴です。
古墳の周囲の溜池は、周濠の痕跡と考えられています。
発掘調査は、行われていないため、副葬品や埋葬施設は不明ですが、墳丘の地面から古墳時代後期前葉の埴輪が採集されています。

時代的にみて、継体天皇の皇后の手白香皇女(たしらかのひめみこ)の陵墓は、西殿塚古墳(「衾田陵(ふすまだりょう)」)ではなく、この西山古墳が本当の陵ではないかとも考えられています。


大和神社(おおやまとじんじゃ)

「大和神社」は、「おおやまと じんじゃ」と読みます。
「萱生環濠集落」から、山の辺の道をはずれ、「JR長柄駅」に向かう途中にあります。
約350mの参道があり、その先に本殿があります。
ご祭神は、大国魂大神(おおくにたまのおおかみ)、八千戈大神(やちほこのおおかみ)、御年大神(みとしのおおかみ)です。

孝昭天皇(第5代天皇)即位の年、はじめて宮中内に大国魂大神と天照大神が同殿共床で奉斎されますが、
崇神天皇(第10代天皇)即位 6年、天皇は神威をおそれ、

  • 天照大神を皇女豊鋤入姫に勅して
    倭の笠縫邑(かさぬいむら)に移し、
  • 大国魂大神を皇女淳名城入姫に勅して、
    市磯邑(いちしのむら)に移されました。

この時が大和神社の創祀とされています。
後世になって神域は幾度か移り、中世に現在の地に移っています。

奈良時代に朝廷の命により、唐の国へ渡って学ぶ唐遣使が、出発に際して、当社に参詣し、航海の安全を祈願されたともいわれます。
また、「戦艦大和」の守護神として、艦内に大和神社が祀られていたそうです。


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この区間の散策にあたって

途中で休みながら、ゆっくりと散策する、一日でちょうどいいくらいの距離と時間ではないかと思います。(いい感じで疲れる距離です。)

この区間の終点は、次のコースの出発点とする予定であれば、「萱生環濠集落」「西山古墳」「大和神社」は、次回に巡るというとでもいいかもしれません。

     

区間ごとに分けた散策コース

古道 山の辺の道でも人気の南コースといわれる区間をさらに細分化して紹介しています。
散策の際の参考にご覧いただければと思います。
「アクセス」については、JR桜井線(万葉まほろば線)の各駅からがおすすめです。


山の辺の道 概要 ≪前≪ ≫次≫ JR長柄駅/JR柳本駅ーJR巻向駅 間

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