須弥山石・石人像 ~ 飛鳥時代の迎賓館(石神遺跡)の噴水石造物 ~|画像たっぷり 奈良

奈良県中部
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「須弥山石(しゅみせんせき)」と「石人像(せきじんぞう)」は、共に明日村の石神遺跡(いしがみいせき)から、明治時代の終盤に出土した石造物です。
どちらも噴水する構造をもつもので、現在は、飛鳥資料館に展示されています。
石神遺跡は、飛鳥時代の斉明天皇期には、蝦夷や外国人使節をもてなし、服属儀礼や饗宴を行う飛鳥の迎賓館の役割を果たした場所と推定されています。現在は、ほぼ農地の下に眠る状態です。

須弥山石と石人像の概要

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Photos by Catharsis  無断転載禁止 ©Catharsis 2021-2022

     

  • 「須弥山石」と「石人像」は、1902年(明治35年)~1903年(明治36年)に、石神遺跡(奈良県高市郡明日香村)の一角から掘り出されたものです。
  • 掘り出された須弥山石、石人像の現物は、どちらも、飛鳥資料館 館内(有料)に展示され、その庭(無料)には、復元されたものが置かれています。
  • 須弥山石は、本来4つ重なると考えられ、3つの石が出土していますが、下から2段目の石は、見つかっていません。
  • 石神遺跡(迎賓館)を演出するオブジェでありモニュメントとして置かれたものと考えらており、共に、噴水するように造られています。

この写真が現在の石神遺跡の周辺ですが、石神遺跡は、明日香村埋蔵文化財展示室がある一帯と周辺の農地の下に眠っています。

飛鳥時代の斉明天皇期には、迎賓館の役割を持つ建物が並び、須弥山石や石人像が配置されていたと考えられています。

また、須弥山石は、
・石神遺跡
・槻木の広場(つきのきのひろば)
・推古天皇期の小墾田宮(おはりだのみや)の庭園
などにも置かれていたのではないかとも考えられています。

当時の国としての権威を誇示するような石造物であったのでしょう。

飛鳥時代の石の加工技術には、驚かされるばかりです。

     

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石神遺跡:須弥山石・石人像が発掘された場所

繰り返しですが、須弥山石・石人像は、石神遺跡の一画から掘り出されました。先ほど、石神遺跡は、飛鳥時代の迎賓館の役割であったということは述べましたが、須弥山石、石人像と深く関係するこの石神遺跡について、少し整理してみたいと思います。

石神遺跡は、飛鳥寺の旧境内とその西側に存在していた槻木の広場の北側に隣接する位置にあったようです。

発掘調査では、掘立柱建物群や方形池、また、東北地方や朝鮮半島の新羅からもたらされた土器などが見つかっているようです。

これまでの調査からは、大きく斉明朝、天武朝、藤原宮期の三時期の遺構が明らかとなっているようです。

中でも斉明天皇の時代(655年~661年)に、大きく整備され、長方形の区画が東西に2つ並び、大規模な掘立柱建物群や、方形石組池が造られていたようです。
また、すぐ隣には、時による支配の象徴とされ、中大兄皇子が造ったとされる日本で初めて時を告げる水時計台跡と考えられる「飛鳥水落遺跡(水落)」が置かれています。

   

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飛鳥時代の宴が偲ばれる

位置関係や、発掘調査の状況から石神遺跡は、「日本書記」に記される「飛鳥寺西」に設けられた国内あるいは外国使節の入朝者に対し、服属儀礼や饗宴(きょうえん)が行われる場(いわゆる 迎賓館)であったと考えられています。

『日本書紀』によると、 657年(斉明天皇3年)には、都貨羅(とから)国の人、660年(斉明天皇6年)には、高麗、百済の使者が入朝しており、 655年、658年、660年の各年には、蝦夷(えみし)や粛慎(みつはせ)が入朝した際に、饗宴が催されたという記録があるようです。

かがり火に照らし出された彫りの深い須弥山の前で、異国の客人達が、酩酊(めいてい)し、杯を重ねる姿があったのでしょう。

また、西域風のエキゾチックな衣装をまとった姿に造られている石人像も、須弥山石と共に、噴水する石造物です。
須弥山石、石人像が、夜の饗宴を演出する存在であったことでしょう。

また、他にも須弥山石は造られ、飛鳥川のほとりにたてられた須弥山遠来の東北や北陸の人々が眺める姿を記した記録もあるようです。

斉明天皇が即位した 655年前後は、東アジアの情勢は緊張状態にあり、高句麗、百済、新羅の朝鮮三国と日本との間には使節の往来が多くあったようで、入朝者に対し、日本(朝廷)の権威を示す必要があったものと考えられます。

飛鳥時代の斉明天皇期は、国家の形成過程にあり、この石神遺跡の整備や、「狂心渠(たぶれごころのみぞ)と呼ばれる運河の造営なども進められたようです。

     

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須弥山石(しゅみせんせき)

須弥山石は、「日本書記」の推古天皇期、斉明天皇期の須弥山の記載と関連する石造物と考えられています。

須弥山の記録は、612年(推古天皇20年)、百済からやってきた路子工(技術者)が、飛鳥小墾田宮(おはりだのみや)で、石橋と須弥山のある庭園が造られたというのが初登場のようです。

石神遺跡から1902年(明治35年)に掘り出された3つの石は、飛鳥資料館 館内(有料)に展示され、高さ2.3メートル、3段積みの円錐状の噴水の機能を持つ装飾石で、石の全面に浮き彫りも見られます。

3つの石の嚙み合わせから、本来4つ石が重なっていたものと考えられています。
下から2段目にあったであろう石は、見つかっていません。

飛鳥資料館の庭(無料拝観可)には、下から2段目の石も推定して造られ、本来の姿であったであろう4つの石が積み上げられた、約3.4mの高さで再現され、噴水される状態も見ることができます。

     

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そもそも須弥山石とは・・・

須弥山石は、仏教世界の中心にある高山(須弥山)を象(かたど)ったものといわれています。
須弥山石の上段には仏教の世界観に於いて世界の中心にあると言われる須弥山を表わし中段は、それを取り巻く山々下段には水波紋が彫られています。

須弥山とは

そもそも、須弥山とは、いったい

どこにある どんな山

なのでしょうか?

では、須弥山と須弥山石を対比しながら、

須弥山について説明してみたいと思います。

言葉だけでは、分かりにくいため、図にしてみましてので合わせてご覧ください。

須弥山は、古代インド仏教の世界観で、その仏教世界の中心にある山(想像上の霊山)です。
サンスクリット語のスメール ” Sumeru ” から来ている呼び名です。

世界を囲むように外側に鉄囲山(金輪の周囲に存在する山)があり、その中側に七金山と呼ばれる七つの山と海が交互に同心方形状(円形ではなく四角形)に存在し、その中心にそびえ立つ高山が、須弥山です。

※ 須弥山の詳細や須弥山石に描かれる図柄の対比の解釈が異なるところもあるかもしれません。
  大筋の考え方とご理解ください。

    

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その高さは・・

  • 水面から山の頂上まで 約 58万 8千キロメートル
  • そして、水面から水底(金輪)までも、同じく 約 58万 8千キロメートル

 あるといいます。(図では、海面より下は、かなり圧縮した表現となっています。)

神の世界と人間の世界を現わすもの・・

  • 須弥山の頂上には帝釈天(たいしゃくてん)の宮殿があり、
  • 中腹の四方には四天王、その下には、夜叉神、二竜神が住み、
  • 太陽(日)と月は山の中腹を回る
  • 七金山の外側には、海が広がり、四方に、人が住む四大洲と呼ばれる島があり、
    我々人間の世界は、四大洲の一つ、南閻浮提(なんえんぶだい)である

という世界観があるといわれています。

金輪、水輪、風輪は、桁違いの領域・・

さらに、山の下には金輪、水輪、風輪が層を成しながら順に重なります。
ちなみに、これらは、須弥山より遥かに大きな領域で、

  • 金輪は、 224万キロメートル
  • 水輪は、 560万キロメートル
  • 風輪は、1,120万キロメートル

という桁違いの深さがあるといいます。

須弥山石は、その姿を現したもの

といわれているんです。

恐るべし、須弥山石! ですね。

    

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須弥山石の驚きの構造・・石(下段)の四方に噴水

  • 内部は、空洞に彫られており、深さ約40センチの臼状の水槽になっています。
  • 中段の内側は、漏斗を逆にした様に加工され、上段は内側に窪みをつけた蓋になっています。
  • 下段石の裾には取水用の木樋(地下に埋設された樋管)を組み合せる仕口として、高さ16センチ、幅66センチの方形にくりこみが造られている。
  • 水槽の縁にも、底から垂直にあけられた直径2センチの小円孔が2本造られています。
  • 内、1本は木樋仕口につながり、水位差を利用し、水槽に水を取り込む役目を持っています。
  • もう1本は余分な水を排水する役目を持っているようです。途中には、孔を開閉することで水位を変え、噴水の圧力を調節する仕掛けになっているようです。

  • 底には四方に直径約5ミリの小孔があり、そこから、噴水されるようになっています。

     

噴水量を変化させる仕組みも・・・

  • そして、余分な水を排水する役目を持小円孔の途中には、孔を開閉する栓が設けられ、この開閉により水位を変え、噴水の圧力を調節し、噴水量を変えることができる仕掛けになっているようです。

     

四方に噴水される意味を勝手に想像・・

どの方向から見ても噴水が見えるようようにバランスよく四方に噴水させたのかもしれませんが、須弥山の世界観を思うと少し空想してしまいます。(根拠はありませんが・・・)

下段の水波紋は七金山の外側の海を現わしている?とすると・・ 

勝手な想像ですが、須弥山石は、金輪の上に存在する大海を想定した池の中央に立てられ、4つの噴水の落下点を、四大洲として現わすものであったのではないでしょうか?・・・

そんな思いを馳せながら見ると、ますます興味深くなるものです。

     

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石人像

石人像は、鼻の高い異国人風の顔をしており、椀をすする男性の右腕に女性が抱きついている像です。
体内に円孔が貫通しており、それぞれの口から水が出る構造となっています。
須弥山石と同じ場所から出土したもので、石神遺跡(迎賓館)の庭に置かれていたものと推定されているようです。
飛鳥資料館 庭(無料)にレプリカが展示されており、実際に水が出る様子が再現されています。

実物は、館内(有料)に展示されています。
一部欠けており、噴水のための導管の構造の痕跡も見られます。

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須弥山石・石人像/石神遺跡へのアクセス

須弥山石、石人像は、現在、飛鳥資料館に展示されています。発掘された現物や噴水する状態のレプリカを見ることができます。
一方、須弥山石と石人像が飛鳥時代に置かれていたと推定される石神遺跡も近隣にあります。こちらは、現在は、ほぼ農地となっていますが・・水落遺跡、飛鳥寺などと合わせて、飛鳥散策の中で、訪れてみてはいかがでしょうか。

飛鳥周周遊には、レンタサイクルがおすすめです。
また、飛鳥周遊バス 1日フリー乗車券 もお得です。(→ 詳しくは、こちら

飛鳥資料館へのアクセス

アクセス

所在地:
 奈良県高市郡明日香村奥山601

最寄駅:
 近鉄 橿原神宮前駅、近鉄 飛鳥駅
 JR・近鉄 桜井駅

近鉄 橿原神宮前駅・近鉄 飛鳥駅 から

バス:明日香周遊バス(赤かめ)
  「明日香奥山・飛鳥資料館西」下車、
   徒歩 約 2分

※ 1時間に1本程度の運行です。
※ 1日乗車券がお得です。

  

JR・近鉄 桜井駅 から

バス:奈良交通
  明日香奥山・飛鳥資料館西行
  「飛鳥資料館」下車すぐ
※ 本数(特に平日)が、少ないためご注意ください。土日祝で、1時間に1本程度です。

基本情報

 開館時間:
   9:00〜16:30(入館 16:00まで)
   ※ 毎週月曜日(祝日の場合は、翌平日)、
    年末年始(12月26日〜1月3日)
    は、休館

 入館料:
    350円(一般)
   ※ レプリカの石造物が置かれる庭は無料

 駐車場:
  有(無料、10台程度)

石神遺跡へのアクセス

アクセス

所在地:
 奈良県高市郡明日香村飛鳥112

最寄駅:
 近鉄 橿原神宮前駅、近鉄 飛鳥駅
   

近鉄 橿原神宮前駅・近鉄 飛鳥駅 から

バス:明日香周遊バス(赤かめ)
   「飛鳥」下車、徒歩 約 2分
※ 1時間に1本程度の運行です。
※ 1日乗車券がお得です。

  

基本情報

 見学時間:
   自由散策

 見学料:
   無料(自由散策)
   ※ ほぼ、農地ですが、説明板が
     置かれています。

 駐車場:
   有(無料)
   ※ 農産物直売所 あすか夢の楽市 と共通

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近隣の見どころ

まず、飛鳥資料館は、飛鳥の史跡の見どころがギュギュっと詰まって紹介されている施設です。
特に、石造物、キトラ古墳、高松塚古墳なども再現されており、見ごたえがあります。

飛鳥地区は、律令国家としての日本が形づくられていいった地の痕跡が、点在しており、その風を感じながら散策できる場所です。

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