新薬師寺 ~ 薬師如来坐像と十二神将の世界観に魅了される ~|画像たっぷり奈良

奈良公園
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新薬師寺は、春日大社の南側に位置する高畑地区にある小ぢんまりとしたお寺ですが、本堂内に安置される薬師如来像と取り囲むように立ち並ぶ十二神将が存在する空間には感銘を受けるものがあります。
奈良公園の中心部に比べると参拝者は、少ないですが一見の価値のあるおすすめのお寺です。

新薬師寺の概要

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「新薬師寺」は、747年(天平19年)に、聖武天皇の病気平癒を祈って光明皇后により創建されたお寺です。
740年~745年 聖武天皇が遷都を繰り返し、再び、平城京に都を戻した時期です。

当初は、「香山<高山>(こうぜん)=現在の「花山」の一部とみられる」にあったものを現在地に移した(諸説あり)ため、「香山薬師寺」「香薬寺」 とも呼ばれたようです。

創建時の新薬師寺は、現在の奈良教育大学の敷地の半分以上を含むエリアまで境内を持ち、東西両塔を配し七堂伽藍を持つ壮大な寺院でした。
金堂(奈良教育大学の敷地内に遺構が存在)は、東西に約60メートルの幅を持つ長いお堂で7体の薬師如来像(七仏薬師)が祀られていたと言われています。

その後、聖武天皇は、749年に孝謙天皇に譲位。752年には大仏が完成し開眼供養が行われ、太上天皇となっていた聖武天皇も臨席されたといいます。

新薬師寺は、大仏が完成する少し前に

創建されたんですね!


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ところが、780年(宝亀11年)<奈良時代後期>に西塔への落雷があり、金堂や講堂に延焼してしまいます。これは後に修復されますが、962年(応和2年)<平安時代>に台風により、大部分のお堂が倒壊してしまいます。この時に残った唯一の堂が現在本堂(国宝)です。

鎌倉時代に東門・南門・鐘楼・地蔵堂(いずれも重要文化財)などが建立され、現在の伽藍が復興されたもののようです。

本堂内には円形の土壇が築かれ、壇上には本尊薬師如来坐像(木造・国宝)と、それを囲む日本最古の十二神将立像(塑像・国宝)が安置されています。

こちらの画像は、レプリカですが、実際の新薬師寺の本堂内に入ると、十二神将が立ち並ぶその空間は、異次元というか、独特の神聖な空気が漂っていて、身が清められるように感じます。

実際の新薬師寺に足を運んでみて欲しいと思えるすばらしい空間です。

ご本尊を守るように囲むように立ち並ぶ十二神将が醸し出す世界観・・・それは、不思議としばらくここにとどまっていたいと感じさせるものがあります。
約 1300年 の時を超えて、色彩は失われながらも、立ち姿続けている世界があります。


ちょっと一言

「薬師寺」とは違うお寺なの?

こんな疑問をお持ちの方も、いらっっしゃるのではないでしょうか?

「薬師寺」と「新薬師寺」、

この寺号から関係がありそうに感じるかもしれませんが、

別の寺院なんです。

「薬師寺」は、680年(白鳳時代)に天武天皇が、皇后の鵜野讃良皇女(うののさららのひめみこ)「=後の持統天皇」の病気平癒を祈って発願され、後に藤原京の都となった地に置かれた寺院です。
平城京への遷都に伴い、718年に現在の場所に遷寺されました。

一方、「新薬師寺」は、先述の通り、747年(天平19年)に、聖武天皇の病気平癒を祈って光明皇后により創建されたものです。

ちなみに、「薬師寺」の宗号は、「法相宗」 で、「新薬師寺」は、東大寺と同じ「華厳宗」です。


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新薬師寺の画像ギャラリー

 画像を「クリック」すると大きく見られます。
 スマホでは、タップで拡大後、「スワイプ操作」で次の写真が見られます。

撮影:2022年(令和4年)4月

Photos by Catharsis  無断転載禁止 ©Catharsis 2021-2023


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新薬師寺の拝観どころ

境内への入口となる南門を入ると、すぐに本堂が正面に建つ小ぢんまりとしたお寺ですが、本堂内は、とにかく一見の価値のある空間です。
本堂内は撮影禁止のため、その雰囲気をお伝え出来ませんが、概要を紹介します。

境内

本堂

奈良時代の創建時からの残るお堂で、かつての伽藍は、金堂(本堂)を含め、ほとんどが倒壊してしまい、唯一残ったこの堂が、本堂となりました。

本堂内には、ご本尊の薬師如来坐像とそれを囲むように十二神将が立ち並び、その空間は、清浄(しょうじょう)な空気に包まれ、異次元の世界観が広がるような感動を覚えます。

天井が張られていない骨組みの建築もこの空間に雰囲気をもたらしているように感じます。
柱にもうっすらと柱絵が描かれてるのが確認できます。徳川家の紋章も描かれているようで、江戸元禄時代にご本尊修理の際に本堂も修復が行われたようです。

     

ご本尊 薬師如来坐像

ご本尊は、奈良時代後期から平安時代初期の作のようです。
薬師如来は、当方浄瑠璃世界の仏様で、菩薩として修業中に、「体から光を出して世界を照らす」「人々の不足を満たす」「病気を癒す」「正しい道に導く」「災難を取り除く」など、十二の願いを立てたと言います。
右手は、恐れを取り去る印相、左手には薬壷を持ち、ふくよかで穏やかかつ力強いお姿です。

     

十二神将立像

十二神将は、薬師如来の世界とそれを信仰する人々を守る夜叉(インド神話で森林に住む精霊)の大将で、1体に7,000人の眷属(けんぞく=部下)を率いるといわれます。

それぞれ異なる豊かな表情も印象的です。ご本尊を守るように外向きに円陣を組み立ち並ぶ姿には、何か感動すら覚えます。

※ 写真は、近鉄奈良駅の駅ビル5Fのクラブツーリズムさんの所に置かれるレプリカですが、精度よく再現されています。

     

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週刊 ニッポンの国宝100 22

また、それぞれの神将が十二の方角を守っており、それぞれに干支の呼称も持ち、十二支の守護神としても信仰されています。

十二神将は、奈良時代の作(11体が国宝)で、日本で最古の十二神将像といわれ、塑像(そぞう)という土を使った彫刻です。

もとは高円山山麓にあった岩淵寺(いわぶちでら)に安置されていたもので、岩淵寺が荒廃したため、新薬師寺に移されたといいます。

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薬師寺と国指定で一部異なる各神将の呼称

例えば、新薬師寺で「伐折羅(バザラ)大将」と呼ぶ像は、国指定では、「迷企羅(メイキラ)」であり、一方、国指定の「伐折羅(バザラ)」は、新薬師寺では、「安底羅(アンテラ)大将」と呼ばれます。ほかにも、呼び名が入れ替わっている像がいくつかあります。

それにしても、なぜ、

新薬師寺と国指定の呼称が異なるのでしょうか?

これは、壇の清掃の際に、名札を置き誤った状態のまま

1880年(明治30年)国の登録されたためとか・・!?

新薬師寺の調査によると、現在の新薬師寺の呼称が

本来の呼び名のようです。

十二神将(※<>内は、国指定の呼称) ※ 画像は、レプリカを撮影したものです。

伐折羅(バザラ)大将
<迷企羅>:国宝
・髪の毛が逆立ち、右手に剣 を下向きに持つ像 
十二支:いぬ 

頞你羅(アニラ)大将
<頞你羅>:国宝
・両手に矢を持つ像
十二支:ひつじ

波夷羅(ハイラ)大将
<宮昆羅>:1931年復元
・両手に弓を持つ像
十二支:たつ


     

毘羯羅(ビギャラ)大将
<毘羯羅>:国宝
・髪の毛が逆立ち、右手で三鈷杵(さんこしょ)を振り上げる像
十二支:ねずみ

摩虎羅(マコラ)大将
<摩虎羅>:国宝
・髪を結いあげ、右手に斧を持つ像
十二支:うさぎ

宮昆羅(クビラ)大将
<招杜羅>:国宝
・髪が逆立ち、右手に肘の高さで剣を持つ像
十二支:いのしし


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招杜羅(シュウトラ)大将
<珊底羅>:国宝
・髪が逆立ち、左手に剣を下げて持つ像
十二支:うし

真達羅(シンダラ)大将
<真達羅>:国宝
・左手に宝棒、右手に宝珠を持つ像
十二支:とら

珊底羅(サンタラ)大将
<安底羅>:国宝
・右手に鉾をを持つ像
十二支:うま


     

迷企羅(メイキラ)大将
<因達羅>:国宝
・右手を腰にあて、左手を斜め上に上げる像
十二支:とり

安底羅(アンテラ)大将
<伐折羅>:国宝
・両手で払子を持つ像
十二支:さる

因達羅(インダラ)大将
<波夷羅>:国宝
・兜をかぶり、右手で鉾を持つ像
十二支:み(へび)

     


     
※ レプリカの十二神将がようやく撮影できました。
レプリカは、近鉄奈良駅の駅ビル5Fに置かれています。コロナで閉館となっていましたが、2022年10月頃から、再度見られるようになりました。
新薬師寺の実物は撮影できませんが、こちらは、撮影できます。

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南門<重要文化財>

本堂の正面にある新薬師寺の表門です。
ここから境内に入ります。
鎌倉時代の後期に建てられたものといいます。

     

東門<重要文化財>

南門より古く簡素な構造です。平安時代の様式も見られるが、鎌倉時代に現在の形になったようです。
通常は、閉じています。

     

石灯籠

本堂前に立つ六角、円筒竿の石灯籠は、基礎部分のみ鎌倉時代の作で、円筒竿から上は、旧作を復元した室町時代のもののようです。

     

鐘楼<重要文化財>

南門を入って右手にあります。鎌倉時代の建造で重要文化財に指定されいます。下層の直線的に末広がりとなる白漆喰(しろしっくい)塗りが特徴的です。鐘楼の中に掛かる梵鐘は、奈良時代のものでこちらも重要文化財です。

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地蔵堂<重要文化財>

1266年(文永3年)<鎌倉時代>に建てられたことが分かり、その後改修が行われていたようですが、近年、正面を板扉として、四方の縁と堂内を板敷に戻す改修が行われました。現在は、十一面観音立像、薬師如来立像、地蔵菩薩立像が安置されています。

      

層塔 実忠和尚歯塔

南門を入って左側に石造の五重層塔があります。奈良時代の石造で、本来は十三重石塔で、実忠和尚歯塚と伝えられます。倒壊などのため、現在は五層部分が残るが、何度が修復されているようで、下二段のみが当初のものようです。実忠和尚は、東大寺の僧で二月堂修二会行法(お水取り)を創始したといわれます。

近隣(破石町バス停近く)には、実忠が東大寺別当の良弁の命により造ったピラミッド型の塔(頭塔)もあります。

      

石仏

近年まで、土間づくりの地蔵堂内に安置されていたようです。
春日奥山の芳山(ほやま)の石仏と共通点を持つことから、奈良時代の作とみられているようです。

     

香薬師堂

本堂の西側に壁を隔てた一画にある大正時代に建立されたお堂で、ご本尊の香薬師如来立像が安置されているようです(非公開)。
この横の堂で十二神将の色彩復元CGのビデオが観られます


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鎮座する神社

南都 鏡神社

遣唐使発遣の祈祷所であった地に806年(大同元年)<平城天皇(へいぜいてんのう)即位の年>に、新薬師寺の鎮守として創祠されたといいます。祭神は「天照皇大神」「藤原広嗣公」「地主神」です。

藤原博嗣公は、権力争いの中で大宰府に左遷されたのち、藤原博嗣の乱(740年)を起こし、討伐されましたが、その後、博嗣公の御霊の祟りが恐れられ、唐津(佐賀県)の鏡神社の二之宮に祀られたといいます。
南都 鏡神社は、この唐津の鏡神社を勧請したものといわれます。

本殿は、もとは春日大社の本殿だったもの
本殿は、代々春日社々殿が下賜されてきているようで、現本殿は1746年(延亨3年)春日大社の第46次の式年造替の際に第3殿が移築されたという記録があり、屋根裏から「三ノ御殿」の墨書銘(ぼくしょめい)も発見されています。

     

比賣神社(ひめかみしゃ)<旧 比賣塚(ひめづか)>

鏡神社の摂社で、ご祭神は、十市皇女(とうちひめみこ)。
十市皇女は、天武天皇と額田王の間に生まれた皇女で、弘文天皇の妃でした。弘文天応は、天智天皇の子で大友皇子。天武天皇<大海人皇子>との争い 672年の壬申の乱により最期を遂げます。
その後、十市皇女は、天武天皇のもとで過ごしますが、678年(天武天皇7年)に宮中で急死してしまい、大和の赤穂に葬られたといいます。
奈良市高畑は、赤穂の地と推定される場所の一つです。

社の横には、弘文天皇の曾孫にあたる淡海三船(おうみ の みふね)が、弘文天皇の顕彰を讃え四代にわたるお姿石を勧請したといわれる神像石(かむかたいし)が祀られています。



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年中行事

初薬師(修正会)

毎年 1月8日 15:00 ~

ご本尊にすべての人々の罪を悔い改める「薬師悔過(やくしけか)」の法要が行われます。

おたいまつ(修二会)

毎年 4月8日 17:00 ~

本堂にて「薬師悔過」の法要と三十二相(仏の身に備わっている32種の優れた特徴)の儀式が厳かに執り行われます。
19:00 からは、長さ7m程度の大松明が10本、籠松明1本が灯され、僧侶を先導して本堂周囲を回り、その後、本堂で法要が行われます。

     

新薬師寺へのアクセス

アクセス

所在地:
 奈良市高畑1352番地

最寄駅:
 JR 奈良駅、近鉄 奈良駅

JR 奈良駅、近鉄 奈良駅 から

バス(奈良交通):
 市内循環(外回り)
 「破石町(わりいしちょう)」下車
 徒歩 約 10分

   

春日大社 本殿 からは、「上の禰宜道」、または、「中の禰宜道」を抜けると、新薬師寺の近くに出ることができます。

禰宜道について、詳しくは、こちら

基本情報

拝観時間:
  9:00 ~ 17:00

拝観料:
   600円

駐車場:
  有(10台)<無料>

     

近隣の宿泊施設

   

近隣の見どころ

古道山の辺の道を天理方面に少し歩くと、「白毫寺」があります。

また、高畑サロンと呼ばれた「志賀直哉旧居」、かつて、春日大社の神官などが使った「禰宜道(ねぎみち)」を歩いて春日大社に向かうこともできます。

破石町バス停近くの「頭塔」も興味深いスポットです。

また、春日山原始林に包まれながら、ハイキングができる「滝坂の道(旧柳生街道)」や「春日山遊歩道(南コース)」を歩いてみるのもおすすめです。


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