氷室神社 ~ 氷の聖地と枝垂桜(一番桜)で知られる ~|画像たっぷり 奈良

奈良公園
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氷室神社は、奈良時代、平城遷都にともない春日奥山に造られた氷室を守護するために、氷の神を祀ったのが始まりとされる神社です。現在も氷の聖地として、製氷販売業や冷蔵冷凍業界の信仰があります。毎月1日には「献氷灯」が境内を美しく飾ります。また、奈良の一番桜といわれる枝垂桜でも知られます。
ここでは、氷室神社の行事や興味深い歴史についても紹介しています。

氷室神社の概要

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「氷室神社」は、その名の通り、氷室(氷)を鎮守する神社ですが、創建時は、御蓋山山麓に鎮座(現在の春日大社の参道になっているところにあったとも・・)しており、「春日神社」「春日下神社」「元春日」などともいたいわれていたようです。
氷室神社には、氷に関わる三神が祀られており、現在も製氷販売業や冷蔵冷凍業界の信仰が篤く、毎年5月1日に全国各地から製氷・販売業者が参列し、業績成就を祈願する「献氷祭」が執り行われています。

近年は、氷の聖地として注目される奈良のかき氷が奉納される「ひむろしらゆき祭」も行われるようになっています。

(コロナの影響で、中止される状況もありましたが・・)
2022年(令和4年)は、4月16日(土)~5月8日(日)「ひむろしらゆきweek 」として開催されます。

また、あまり知られていませんが、毎月1日と年数日は、日の入りごろから氷のシェードに火が灯される「氷献灯」という行事も行われています。

江戸時代には、朝廷や幕府の行事に参勤した三方楽所の一つ南都方の楽人が拠点とした神社でもあり、平安時代中期の雅楽家で、雅楽・舞曲の達人として知られる、「狛光高(こまのみつたか)」が祀られる末社も鎮座しています。

奈良国立博物館の向かいに位置し、春には、奈良公園で一番早く咲く一番桜がある神社としても知られています。

ご祭神は、

  • 闘鶏稲置大山主命(ツゲノイナギオオヤマヌシノミコト)
  • 大鷦鷯命(オオササギノミコト) <仁徳天皇:第16代天皇>
  • 額田大仲彦命(ヌカタノオオナカツヒコノミコト)<仁徳天皇の異母兄:皇子>

の 3柱です。

     

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氷室神社の画像ギャラリー

境内の紹介と合わせ、後半には、桜の風景や、「氷献灯」が灯される境内の風景を掲載しています。
是非、ご覧ください。

 画像を「クリック」すると大きく見られます。
 スマホでは、タップで拡大後、「スワイプ操作」で次の写真が見られます。

撮影:2022年(令和4年)他

Photos by Catharsis  無断転載禁止 ©Catharsis 2021-2023


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氷室神社の拝観どころ(画像ギャラリーの補足)

本 殿(奈良県指定文化財)

現社殿は江戸時代の造営といわれています。
三間社流造・檜皮葺の構造で
・中央に「闘鶏稲置大山主命」
・右に「額田大仲彦命」
・左に「大鷦鷯命(仁徳天皇)」
が祀られています。

     

拝殿・舞殿(奈良県指定文化財)

氷室神社は、江戸時代に朝廷や幕府の行事に参勤した三方楽所(古来雅楽の中心地)の一つであり、南都方の楽人(南都流舞楽)が拠点とした神社で、神主も楽人が務めていたようです。
そして、楽人による舞楽奉納を中心とする祭がここで行われ、拝殿は、舞楽を上演するための舞台となり、表門両側の東西廊を楽所にして左方、右方として舞人が舞殿で舞ったといいます。

「南都流舞楽」について

奈良における舞楽は、氷室神社に置かれた旧南都楽所を中心に受け継がれ、明治3年に廃止されるまで行われてきました。
明治維新により三方楽人(奈良・大阪・京都)が国に召され、曲や舞が一本化されたのが、現在の宮内庁楽部といわれます。

しかし、上京せず地方に残った楽人や舞があり、独自の伝承(奈良流)も有志により受け継がれているようです。

     

舞光神社

舞楽の拠点でもあった境内には、「狛光高(こまのみつたか)の御霊(みたま)」をご祭神とする舞光神社が、鎮座しています。現在は、学芸成就の神様として崇敬されています。
「狛光高(こまのみつたか)」は、平安時代中期の雅楽家で、雅楽・舞曲の達人として知られ、楽人たちの氏神とされています。
舞楽面「陵王」(重要文化財)は、ここに収められていたといいます。

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氷みくじ

常に氷が置かれており、その氷の上におみくじを置くと、文字が浮かび上がるというスタイルのおみくじです。

     

仁徳天皇歌碑

ご祭神の仁徳天皇の有名な歌の碑です。

 高き屋に のぼりて見れば煙立つ
     民のかまどは賑わいにけり

高いところから見渡すと、家々から炊飯のけむりが立ち上がっているのが見え、人々の生活が豊かになっていると感じる(喜こばしいことだ)という歌です。

     

住吉神社

よろずの罪、けがれや災などを除き払う、清め祓いの神様七座が祀られています。

     

氷献灯

毎月1日と、年数日には、日の入りごろから21時まで、境内に氷のシェードに火が灯されます。
毎月行われていますので、この時に参拝するのもおすすめです。
隠れたおすすめスポットです。


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氷室神社についてもっと知る

そもそも氷室とは ~氷室の逸話~

『日本書紀』巻第十一によると、仁徳天皇62年(推定375年)、額田大中彦皇子(ぬかた の おおなかつひこ の みこ)が、闘鶏(つげ)<=現在の奈良市都祁(つげ)>に狩猟に出かけたときに、野原の中に廬(いおり)のようなものが造られているのを見かけます。

気になった額田大中彦皇子が、人を遣わして確認すると、窟(むろ)だということでした。

疑問が解消しない額田大中彦皇子は、土地の支配者である闘鶏大山主を呼び出して、その窟(むろ)が何であり、どのような目的で使用するものかを尋ねます。

額田大中彦皇子
額田大中彦皇子

あの野の中にある窟(むろ)というのは、何のためのものであるか?

闘鶏大山主
闘鶏大山主

氷を収蔵する氷室でございます。

はて、氷とな!?(解けずに貯蔵できるのか・・)

その、氷は、どのようにして収蔵しているのか?

(しかし、なぜ氷を・・・) 

そして、何のためにその氷を収蔵しているのか?

まず、土を一丈(約3メートル)あまり掘ります。

掘った穴には、茅(ちがや)や荻(おぎ)を厚く敷いて、冬の間にできた

氷をその上に置いて、氷の上も草で覆い、草木を結ぶなどして作ったもの

をその上に廬のようにして貯蔵するのです。

すると、今は、既に夏を越していますが、氷は、解けずに保存できています。

その氷を、暑い時期に水や酒にひたして使うのですよ。

(冷たい飲み物は、暑い時期に、大変美味しゅうございます!)

なるほど!承知した。

(これは、素晴らしい。早速、帝にお伝えせねば・・・)

以上のようなやりとりから、額田大中彦皇子は、氷の貯蔵方法を知りました。

そして、額田大中彦皇子は、この氷を仁徳天皇(第16代天皇)に献上します。
すると、仁徳天皇は、大変喜んだと伝わります。

以後、朝廷では季冬には氷を貯蔵し、春分にくばるようになったといいます。

奈良時代よりも遥か昔の
西暦375年(推定)頃の話です。

氷室神社のご祭神の三柱は、この逸話の登場人物で、
・氷室で氷の収蔵を行っていたのが、「闘鶏稲置大山主命」
・その氷室を見つけ、貯蔵の技術を朝廷に伝えたのが、「額田大仲彦命」
・その氷を喜び、朝廷御用達の氷室とした(朝廷の氷室を造った?)のが、
 「大鷦鷯命(仁徳天皇)」
ということになるのですね。

その後の奈良時代に、長屋王が氷室を持ち、牛乳を飲んでいたという話がありますが、都祁(つげ)氷室を使用していたことも木簡から判明しているようです。

   

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氷室神社の由緒

氷室神社の歴史は、平城遷都の奈良時代に始まります。

  • 710年(和銅3年)7月22日、元明天皇の御世、平城遷都が行われたときに、勅命により平城新都の左京、春日の御蓋の御料山(春日山)で、盛んに貯水が行われ、氷を貯蔵する氷室が造られます
  • これが平城七朝(元明―元正―聖武―孝謙―淳仁―称徳―光仁)の氷室で、「平城氷室」とも「御蓋氷室」とも「春日の氷室」とも言われています。
  • 翌711年(和銅4年)6月1日に、初めて献氷の勅祭(献氷祭)が行われ、それ以降、毎年4月1日より9月30日まで平城宮に氷が献上されるようになります。
  • そして、この氷室を鎮守するために建てられたのが「氷室神社」といわれています。
  • また、稲作に重要な夏の天候を占う祭紀が行われたともいわれます。
  • 奈良時代の約70年間、献氷は、継続されましたが、平安遷都後には、この制度も廃止されてしまったよです。

しかしながら、当時この「春日の氷室」があった場所は、分かっていません

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当時の氷室の推定地は・・・

春日奥山説

推定地の一つとして春日山遊歩道(北コース)にある「月日磐(つきひいわ)」のあるあたりではないかといわれています。
そのような雰囲気を持った場所です。

浅茅ヶ原説

一方、氷室神社の公式ページでは、春日大社参道 一の鳥居 横の「浅茅ヶ原一帯」が氷室の推定地とされています。
(だた、氷室神社で作られている資料では、月日磐についても推定地とされています。)

氷室は、いくつかの場所に点在していのかもしれませんね。

     

その後の氷室神社は・・

それから、約150年の時を経て、860年(貞観2年)2月1日(清和天皇の御世)に、氷室神社は、現在の地に奉遷されます。
そして、その時に、左右二神(「額田大仲彦命」「大鷦鷯命(仁徳天皇)」)が加えて祀られて三座となります。

また、江戸時代には、南都方の楽人(南都流舞楽)が拠点とした神社で、舞楽との関係も深くなりました。

以降、氷室神社は、現在の春日大社の別宮に属し営まれていましたが、明治維新後は、氏子と冷凍氷業界の奉賛によって支えられ今日に至っています。


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主な行事とおすすめ時期

行 事

献氷祭

毎年 5月1日 11:00~
(一般参拝は午後から)

製氷販売業や冷蔵冷凍業界の篤い信仰のもと毎年5月1日に全国各地から製氷・販売業者が参列し、業績成就を祈願する祭りとして執り行われています。

「鯉(里の幸の代表)」や「鯛(海の幸の代表)」を封じ込めた大型氷柱が神前に供えられ、舞楽の奉納も行われます。(一般参拝は、午後から可能となります。)

氷献灯

毎月 1日 他
(日没から21頃まで)

毎月1日と、年数日、日の入りごろから21時まで、境内に氷のシェードに火が灯されます。
氷に包まれた炎が境内をほんのりと照らす独特の雰囲気が醸し出されます。タイミングが合えば、是非この時に参拝してみてはいかがでしょうか。

※ 1月1日は、午前0時~午前4時
※ 1日以外の開催日は、
2月11日、8月15日、9月30日、
11月23日 です。

一番桜(3月下旬)

奈良公園周辺で、一番早く開花するのが、ここ氷室神社の枝垂桜で、通称「一番桜」といわれています。かつては、見事な花を咲かせましたが、病気となってしまい、現在は、少し小ぶりな桜となっています。

   

今は、見られない枝垂桜のかつての姿
(スマホ撮影の3枚をつないでいます。)

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氷室神社へのアクセス

アクセス

所在地:
 奈良県奈良市春日野町1-4

最寄駅:
 近鉄 奈良駅、JR 奈良駅

近鉄 奈良駅 から

徒歩:
  約 15分

バス(奈良交通):
 市内循環外回り
「氷室神社・国立博物館前」下車すぐ

JR 奈良駅 から

徒歩:
  約 30分

バス(奈良交通):
 市内循環外回り
「氷室神社・国立博物館前」下車すぐ

基本情報

拝観時間:
  4月~10月 : 6 :00~18 :00
  11月~3月 : 6 :30~17 :30

 ※ 年中無休

拝観料:
   無 料

駐車場:
  乗用車 24台 
  20分 300円(1日上限1,800円)


変更になっている場合がありますので、最新情報は、氷室神社の公式ホームページをご確認ください。


 


 

     

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近隣の見どころ

氷室神社は、ほぼ、奈良公園の中心地にありますので、春日大社、東大寺、興福寺の三社寺と合わせて見るのがいいでしょう。

見どころも、順次紹介してきたいと思いますが、あまり知られていない見どころも紹介していきたいと思いますので、是非ご覧ください。

春日山原始林の散策を楽しむこともできます。

こちらは、氷室があったといわれる月日磐がある春日山遊歩道北コースです。


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