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秋篠寺(あきしのでら)|苔むす閑静な境内と優美な伎芸天 

奈良市周辺(奈良県北部)

秋篠寺には、諸技諸芸の祈願で有名な国内唯一の「伎芸天(ぎげいてん)」(重要文化財)が安置されています。また、本堂前に行くまでの境内は、木々に覆われ少し冷やりとした空気感と一面に広がる閑静な苔の景観で、心を浄化してくれそうな雰囲気です。

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秋篠寺の拝観どころ

ひっそりしたお寺ですが、伎芸天を拝みたいという方が多く訪れているようです。
閑静な「苔むす境内」と「伎芸天」は、特に拝観どころだと思います。
苔むす境内は、入場口の手前にあり、自由に(無料)散策できます。
それほど大きな境内ではありませんが、かつての金堂や塔があった場所が、美しく見事な苔に覆われています


また、「伎芸天(ぎげいてん)」諸技諸芸の祈願にご利益のある国内唯一のもので、芸術家や芸能人、キャリアウーマンから慕われているといい、その優美さは、「東洋のミューズ(ギリシャ神話で、​文芸・学問・芸能などをつかさどる女神)」とも言われるものです。
(本堂内は、撮影禁止のため、画像掲載はありません。機会があれば是非現物をご覧いただくのがいいと思います。)

     

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秋篠寺の画像ギャラリー

画像を「クリック」すると大きく見られます。
スマホでは、タップで拡大後、「スワイプ操作」で次の写真が見られます。

撮影:令和3年5月~6月

Photos by Catharsis  無断転載禁止 ©Catharsis 2021-2024


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ギャラリーの補足

東門と南門

二つの門があります。どちらもかなり入り込んだ狭い道沿いにありますが、駐車場は、東門近くにあります。道はかなり狭く車でのすれ違は、かなり気を遣います。

     

香水閣

東門から入った先に香水閣があります。
中に入ることはできません。小栗栖常暁(おぐるすじょうぎょう)が清浄香水に大元帥明王(たいげんみょうおう)を感得したといわれる香水井があるところです。
大元帥明王は、秘仏で、大元堂に祀られています。

     

西塔跡と東塔跡

この左側が西塔跡(立入れません)
東塔跡

南門を入ってすぐ、参道の左右に東西の塔の跡があります。西塔跡(参道の左側)は、苔に覆われ、立入禁止ですが、東塔跡(門を入って右側)は、ちょっとした小径の奥にあり、見ることができます。
かつての塔が偲ばれます。

     

金堂跡

奇麗な苔が一面に広がっています。(立入禁止です)
創建時は、ここに金堂が建っていました。

    

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本堂(元講堂):重要文化財

受付があり、そこからパッと開けたエリアになり、秋篠寺本堂(重要文化財)があります。
創建当初は、講堂として建立されたものですが、金堂が焼失以後、鎌倉時代に大修理を受け、本堂と呼ばれているようです。鎌倉時代に建築されたと考えられているが、様式的には奈良時代の建築の様式が採用されているものです。

本堂には、複数の尊像が安置されています。その中で「伎芸天(ぎげいてん)」(重要文化財)は、諸技諸芸の祈願にご利益のある国内唯一のもので、芸術家や芸能人、キャリアウーマンから慕われているといいます。


実物は、撮影禁止なので、こちらレプリカで販売されているものの画像です。

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このようなレプリカも販売されているんですね。

ちょっと欲しい気もします。

   

大元堂

秘仏「大元帥明王(たいげんみょうおう)」が本尊として祀られています。(毎年6月6日に特別開扉)
※ 読み方は「だいげんすいみょうおう」ではなく、「たいげんみょうおう」と書かれています。


説明によると、大元帥明王は、正しくは「大聖無辺自在元帥明王」といい、839年(仁明天皇 承和6年)12月に勅修以来、宮中でのみ行われる鎮護国家の秘法「大法大元帥御修法(たいげんのみしほ)」の本尊として重んじられ、許可なく他所での修法を行うことや尊像を作ることは禁止されたため、我国唯一の像として伝わっているようです。

     

開山堂と霊堂

本堂の横(西側)に、大元堂と並んで開山堂があり、その奥に霊堂があります。

鐘楼

本堂の横(東側)に鐘楼があります。

     

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役行者(えんの行者)

開山堂の手前にある役行者(えんのぎょうじゃ)が彫られた岩が祀られています。
右側(下部に鬼の像も彫られている方)が室町時代、左側が江戸時代に造られたもののようです。

八所御霊神社(元秋篠寺鎮守社)

南門を出たところに、八所御霊神社があり、かつては秋篠寺鎮守社であったようです。

忠魂碑

明治維新以降、​日清戦争や日露戦争をはじめとする戦争や事変に出征し戦死した方々がいて現在があることを忘れてはならないということでしょう。
二度と繰り返してはいけないということ肝に銘じなければいけません。
砲弾も置かれており、リアリティーを感じます。


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秋篠寺の縁起と概要

縁起

秋篠寺は、奈良時代の末期776年(宝亀7年)、光仁天皇の勅願により、僧正善珠大徳の開基により建立が始まり、次代桓武天皇の勅願に引き継がれ、平安遷都の時期に完成したといわれています。
ただ、諸説があり、当時は、秋篠氏の所領であり、すでに秋篠氏の氏寺として存在していた寺院を勅願寺に変えたという説もあり、分かっていません。

金堂や東西両塔も有する伽藍でしたが、平安時代の1135年(保延元年)に戦火により、講堂他数塔を残し、大部分が焼失してしまいます。

かつての金堂跡や西塔跡は、奇麗な苔の境内となっています(立ち入りできません)。
一方、東塔跡は、南門の直ぐそばの小径を入ったところにあり、見ることができます。

鎌倉、室井町時代に現本堂や南大門が復興造営されましたが、明治の廃仏棄釈により、大半が失われ、現在の姿になっているようです。

     

伎芸天に関するお話

「伎芸天(ぎげいてん)」(重要文化財)は、諸技諸芸の祈願にご利益のある国内唯一のもので、その優美な造形が慕われています。

天平時代のもので、当時非常に高価な乾漆で造られたようです。
時代を経て、頭部は、天平時代のものですが、体部は、鎌倉時代に寄木造りで修復されたもののようです。(ただ、この鎌倉時代の修復も優れた技巧のようです。)

優美さは、まさに見るものを引き付けます。
本堂内にしばしとどまり、眺めているだけで心穏やかになります。
「東洋のミューズ」と言われるのも共感できます。

     

秋篠宮家と秋篠寺とは、なにかつながりがあるの?

秋篠宮様と同じ寺号ですが、つながりがちょっと気になります。
これにも「伎芸天」が関係しているという話があります。
礼宮様が、歴史ある皇室ゆかりの地名に因んだ「秋篠宮」の宮号を賜る際に、「紀子さま」の横顔が「伎芸天像(ぎげいてんぞう)」に似ておられるというところからこの宮号を選択されたとも言われています。
(真偽は定かではありません。あくまで噂話の域でありますのでご容赦ください。)

いずれにせよ、紀子様と伎芸天が似ているということが評判となり、多くの人が伎芸天像を拝観に訪れるという時期がありました。

      

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秋篠寺へのアクセス

周辺の複数ののスポットを巡りたいときは、自転車(レンタサイクル)が、おすすめです。

アクセス

所在地:
 奈良市秋篠町757

最寄駅:
 近鉄 大和西大寺駅、近鉄 平城駅

近鉄 大和西大寺駅 から

バス(奈良交通):
  押熊 行
  「秋篠寺」下車
   徒歩 約1分

徒歩:
 約 20分

近鉄 平城駅 から

徒歩:
 約 15分

基本情報

拝観時間:
   9:30~16:30

拝観料:
  500円
  (※ 一面苔の境内までは無料)

特別開扉:
  毎年 6月6日
  「大元帥明王(たいげんみょうお)」開扉

駐車場:
 有(無料:8台程度)
 ※ 狭い道沿いにあります。
  車では、すれ違いに気を遣う道を
  少し走る必要があります。

     

近隣の見どころ

秋篠寺というか、奈良市の西部は、東部の奈良公園とは異なり、一つ一つが離れて点在しています。
レンタル自転車で巡るのがお勧めですが、有名どころでは「平城宮跡」「薬師寺」「唐招提寺」ですが、このほか「西大寺」「菅原神社」「喜光寺」「海龍王寺」「法華寺」「不退寺」などを巡ることができます。また、古墳では、「ウワナベ、コナベ古墳」なども眺めることができます。

     

奈良公園近隣の宿泊施設

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