南市 恵毘寿神社 ~ 初えびす (五日えびす)~ 招福・商売繁盛を祈る|画像たっぷり 奈良

奈良市周辺(奈良県北部)
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奈良市の「南市 恵毘寿神社」(春日大社末社)では、 年初に招福、商売繁盛や家内安全を祈る行事として「初えびす」が行われます。1月5日に行われることから「五日えびす」とも呼ばれます。
ここでは、「初えびす」のご紹介とともに、その由来についてもまとめてみました。

初えびす (五日えびす)の概要

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餅飯殿(もちいどの)商店街から少し住宅地に入ったところ(南市町)にあります。
その一画に鎮座する 「南市 恵毘寿神社」は、鎌倉時代に「南市」という市場があり、この市場をお守りする神様として祀られたものです。

その市場での初市が1月5日であったことから、毎年、その日に招福、商売繁盛や家内安全の祈願として「初えびす」が行われています。
また、前日には、「宵戎(えびす)」が開催されます。

両日は、南市町衆が作る「吉兆笹」や、神職が御祈祷した御守を受けることができます。

普段は、門が閉められている小さな神社ですが、当日は1年の福を願い、多くの参拝者が訪れます。

写真は、2020年(令和4年)に受けた「吉兆笹」です。

・「宵戎(よいえびす)」:前日(1月4日)の 17時から19時頃まで
・「初戎(はつえびす)」:1月5日 朝7時から

2022年(令和4年)も無事開催されました。


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初えびす (五日えびす)の画像ギャラリー

画像を「クリック」すると大きく見られます。
スマホでは、タップで拡大後、「スワイプ操作」で次の写真が見られます。

撮影:令和4年1月

Photos by Catharsis  無断転載禁止 ©Catharsis 2021-2023


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「南市 恵毘須神社」について

「南市 恵毘須神社」は、春日大社の末社で、 「事代主命(ことしろぬしのみこと)」(えびす様)が祀られています。
創建は、鎌倉時代とされますが、この辺り(現在の南市町あたり)には、「南市」という市場が開かれ、その守護神として祀られました

   

「南市」の歴史について

実は、当時この周辺には、「南市」以外に「北市」「中市(高天市)」が開かれ、それぞれに、「恵毘須神社」が置かれました。(「えびす」に使われる文字は、いろいろです。)

八世紀後半、平安京へ遷都されましたが、遷都後も、諸寺院は、そのまま奈良に残されました
奈良は、やがて「南都」と呼ばれ、寺院を中心に多くの人々が暮らし、「郷(ごう)」(門前郷)と呼ばれる町が形成されていきました。

平安時代末期になると平氏と南都寺院の対立し、1180年(治承4年)、平重衡(たいらのしげひら)が南都に攻め込み、東大寺、興福寺をはじめ奈良の町の大半が焼失する大きな被害をうけました(南都焼き討ち)。

その後、各郷は復興を果たして行く中で、興福寺別当直轄の7つの郷が「南都七郷」と呼ばれるようになり、これに、興福寺両門跡郷(一乗院門跡郷・大乗院門跡郷)や東大寺の転害郷(てがいごう)なども加わりさらに繁栄していきました。

13世紀の後半(鎌倉時代中頃)になると、一乗院門跡郷に「北市(きたいち)」大乗院門跡郷に「南市(みなみいち)」の二つの市場が開設されました。
更に、1414年(応永21)には、興福寺六方衆による「中市(高天市)」も開かれ、商工業がますます発展していきます。

北市恵美須神社
高天市恵毘須神社

その中で「南市 恵毘須神社」 は、近隣に商店街や奈良町があり、商売に関わる方々が多いためか、今日も「初えびす」が行われ、多くの人が訪れます。
また、「北市 恵美寿神社」では、「十日えびす」が行われています。

ちなみに、「北市 恵毘寿神社」「中市(高天市)恵毘寿神社」ともに、
住宅地内にひっそりと現存しています。

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知っているようで知らない 恵毘須天(恵比寿天)

お祀りされている神様は、「事代主命(ことしろぬしのみこと)」ですが、「えびす様」とも呼ばれています。

「事代主命」をご存知なくても、「七福神」の内の一神として、左手に鯛をかかえ右手に釣竿を持った姿の「恵毘須天(=えびす様)」は、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

「えびす様」は、「海の神・豊漁の神」として民間信仰の中で広まった神様で、現在も商売繁昌の神様としても信仰されています。

「初えびす」から少しそれますが、「えびす様」がメンバーとなっている「七福神」についても触れておきたいと思います。

     

そもそも、「七福神」とは

暮らしに幸運をもたらす七柱の福の神(恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁財天、布袋尊、福禄寿、寿老人)が「七福神」です。

ただ、現在のような形で人々に定着したのは、江戸時代中頃と言われます。

室町時代に禅宗が盛んになった頃、魏の時代(3世紀の中国三国時代)の竹林に集まって交遊した七人の「竹林の七賢人」になぞらえて信仰の対象として描かれたのが「七福神」のはじまりのようです。
ただ、はじめは、構成する神々も一定ではなかったようでが、 江戸時代中頃 に、現在の7神が、「七福神」として定着したようです。

また、あまり知られていないのではないのでは(認識違いであれば失礼)と思いますが、
実は、「七福神」のうち日本古来の神様は「えびす様」だけ
で、ほかの六神はインドや中国などからやってきた神々というお話です。

    

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えびす様といわれる神様は、事代主命だけではない?

実は、「えびす様」といわれる神様は、二柱いらっしゃるのをご存知でしょうか?
ただ、どちらの神様が正しいかという答えはなく、どちらも、「えびす様」といわれています。

「えびす様」と言われる二柱の神様(二神)

  • 事代主命(ことしろぬしのみこと)=大国主命(おおくにぬしのみこと)の子神
  • 蛭子命(ひるこのみこと)<水蛭子(みずひるこ)とも>= 伊邪那岐命(いざなみのみこと)、伊邪那美神(いざなみのみこと)の二神の子神

※ このほかにも、「えびす様」といわれる神様がいらっしゃるようです。

すなはち、「えびす様」と言われる神社では、この二柱のどちらかの神様が

お祀りされています。

どちらの神様が、お祀りされているのかという関心も高まりますね。

でも、なぜ、二柱が存在するのでしょうか?

そこで、私なりに、探求してみました。

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まず、「えびす様」は、海の神・豊漁の神として 民間信仰 から広まった 神様で、文献での登場は、平安期末期の『伊呂波字類抄』といわれます。
また、古代の漁村では海から流れつくものを「夷(えびす)様」と呼んで信仰する習慣もあったようです。

「えびす様」が「七福神」として構成される過程で、正当性のある神様として信仰される必要があり、海や漁に関する神話を持つ二柱の神が結び付けられたのではなかろうか?というのが、私なりに受け入れられた内容でした。(勝手な解釈かもしれません。)

     

神話の概要

事代主命(ことしろぬしのみこと)

「事代主命」は、大国主命の子です。そもそも、大国主命は、現在の出雲地方に苦労を重ね国づくりを行った神ですが、天照大神(あまてらすおおみかみ)が、使者を出し、その国譲りを迫ります。(古事記、日本書記の国譲り)
1度目、2度目は失敗しますが、3度目の使者が、建御雷神(たけみかずちのかみ)<出雲に降り立ったとき、上を向けた剣の先に座ったという(=何らかの威嚇行為があったということを表しているものでしょう)、めちゃくちゃ強い神>でした。

大国主命は、二柱の子が判断するという返答をします。その二柱の内の兄が「事代主命」です。
「事代主命」 は、その時、狩りと漁に出かけていましたが、呼びもどされます。
そして、国譲りを迫られると、すぐに承諾したのち、乗ってきた船を青葉の柴垣に変化させ、その身を隠してしまいます。(身を隠したというのは海の果てに去ったという解釈もできるのではないかと思います。)

ちなみに弟神は、力自慢の「建御名方命(たけみなかたのみこと)」で、建御雷神と力比べをしますが、いとも簡単に破れ、諏訪の国まで逃げますが、そこで降参し国譲りを承諾します。

「事代主命」には、託宣(神のお告げを伝える)の神、海の神、田の神、商業の神という神格もある由緒ある神ですが、漁をしていたという神話(あるいは、海辺で青葉の柴垣に身を隠したという神話も含めて)から、「事代主命」が「えびす様」とする説です。

    

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蛭子命 (ひるこのみこと)

「蛭子命」(古事記では「水蛭子」)は、体が異常に柔らかく満三歳になっても歩くことができない不本意な子であったため、葦船に乗せられて海に流されてしまう神様です。

漂着した地で、海から来た海の神様として祀られたといいます。
後に、国(日本)を構成する島々の神より兄に当たる尊い神でもあり、「蛭子」を「えびす」と読み「えびす様」であるとする説です。

他にも説があると思いますが、
大筋は、このようなことではないかと思います。


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南市 恵毘須神社へのアクセス

アクセス

所在地:
 奈良市南市町 恵毘須神社

最寄駅:
 近鉄 奈良駅、JR 奈良駅

近鉄 奈良駅から 徒歩 約 8分
JR 奈良駅から 徒歩 約 15分

猿沢池近くの奈良町の細い道の中にあります。
当日は、餅飯殿商店街から案内に従って進むのがお勧めです。

基本情報

入場料:無料

※ 年中行事日以外は、門が閉められており、門外からの拝観となります。

駐車場:なし
(近隣の駐車場を利用)



近隣の宿泊施設

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奈良公園周辺の「初えびす」(南市以外)

奈良公園周辺で南市 恵毘須神社の他にも「えびす様」を祀る神社で「初えびす」が行われます。
過去から今に、今から未来へと、時を超え日本人の心が受け継がれているようで、すばらしさを感じます。

   

奈良市 率川阿波神社(いさがわじんじゃ)「初えびす」

南市からもそれほど離れていないところにある率川神社に「摂社 率川阿波神社」が鎮座しており「事代主命(ことしろぬしのみこと)」が祀られています。
創建では、この神社が奈良市内最古の「えびす様」であるとも言われています。
光仁天皇(在位:770~781年)の宝亀年間に 藤原是公(ふじわらこれきみ)により、 奈良市西城戸町に創祀されましたが、歴史とともに、規模を縮小し、大正9年に率川神社の境内に社殿が移されています。

南市と同日に「初えびす(五日えびす)」が行われます。
(4日に「宵えびす」、5日に「本えびす」が行われます。)

   

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春日大社 佐良気(さらけ)神社 「十日えびす」

春日大社本殿より南側に鎮座する若宮15社の中に鎮座する「 佐良気(さらけ)神社」では、1月10日に、「十日えびす」が行われ、10時から15時頃まで吉兆笹や御札などを受けることができます。
佐良気神社には、「蛭子命(ひるこのみこと)」が祀られています。

笹を受けたのち、笹につける縁起物を自分で選択して付けてもらうことができます(各500円~)。

春日大社では、「事代主命」を祀る 南市 恵毘須神社で「初えびす(五日えびす)」と、「蛭子命」を祀る 佐良気神社で「十日えびす」が行われるというのも両神への信仰によるものなのでしょう。

     

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