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檜原神社 ~ 三ツ鳥居のある大神神社の摂社・「元伊勢」の呼称も ~

奈良県中部

「檜原神社(ひばらじんじゃ)」は、奈良 「山の辺の道」沿いに鎮座する大神神社の摂社で、「元伊勢」と呼ばれる神社です。パワースポットの一つでもあると感じます。
大神神社と同じ「三ツ鳥居(三輪鳥居)」、また、「境内から望む二上山の景観」が見どころです。

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檜原神社の概要

「檜原神社(ひばらじんじゃ)<日原社ともいわれる>」は、大神神社の摂社で、大神神社から「山辺の道(やまのべのみち)」を天理方向に 約2km弱、歩いたところに鎮座しています。
また、大神神社の境内図には、檜原神社も含めて描かれています。

      

大神神社と同じく、明神型の鳥居三つを一体に組み合わせた「三ツ鳥居」が置かれているのが特徴的です。本殿、拝殿はなく、「三ツ鳥居」を通して御神座を拝します

     

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古来社殿周辺の規模などは本社である大神神社に匹敵し、また、古くから「三ツ鳥居」を有していたことは、室町時代以来の古図にも描かれているようです。

境内入口には、大神神社の拝殿前と同じく、神域と俗界を分けるように左右に立てられた二本の柱に「しめ縄」が張られています。
気持ちの問題かもしれませんが、この「しめ縄」を越えるとどことなく神聖な空気が漂うように感じます。

また、境内から「しめ縄」越しに、眺望できる二上山や大和国原は、時を経て古代の人が観た風景そのもののように感じられるもので、穏やかな眺めに浸れる場所です。

奈良県景観資産にも指定されています。

山の辺の道の大神神社側、天理側に抜ける場所にも結界のしめ縄が置かれています。

     

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ご祭神

ご祭神は、

  •  天照大神若御魂神(あまてらすおおみかみのわかみたまのかみ)
  •  伊弉諾命(いざなぎのみこと)
  •  伊弉冊命(いざなみのみこと)

です。

     

「元伊勢」と呼ばれる神社

第10代「崇神天皇(すじんてんのう)」の御代、皇祖である天照大御神は、皇居に「同床共殿(どうしょうきょうでん)」で祀られていました。
これを畏れ多いと感じた崇神天皇は、皇居と分離してお祀りすることにします。

「日本書紀」の記録によると崇神天皇6年、天皇の命を受けた皇女の「豊鍬入姫命(とよすきいりひめみこ)」は、「倭笠縫邑(やまとかさぬいむら)」に「磯城神籬(しきひもろぎ)」を立ててお祀りされたといいます。

その神蹟が、現在の檜原の地であり、この地に天照大御神が、皇居を出て最初に祀られたということになります。

その後、天照大御神様は、第11代「垂仁天皇」の25年に永久の宮居を求め各地を巡幸され、最後に伊勢の五十鈴川の上流に御鎮まったといい、それが伊勢の神宮(内宮)の創祀といわれているようです。
そして、一時的に大御神がお祀りされた地が、「元伊勢」と呼ばれ、檜原神社は、その初めの「倭笠縫邑(やまとかさぬいむら)」ということになるのです。

     

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その後も檜原神社として崇拝

天照大御神が伊勢に御遷幸された、その後も御蹟を尊崇し、大御神が引続きお祀りされ続けています。
万葉集では、「三輪の檜原」と詠われ、山の辺の道の歌枕となり、西につづく桧原台地は大和国中を一望できる景勝の地であり、麓の芦原・芝には、今も「笠縫」の呼称が残っています。
また、「茅原(ちはら)」は、日本書紀の崇神天皇7年条の「神浅茅原(かむあさぢはら)」の地とされています。

     

現在の檜原神社は・・

ご社頭は、江戸末期から荒れてしまっていた状態でしたが、昭和40年に「三ツ鳥居」を建造し、瑞垣が設けられ、古儀に復されました。
そして、現在の「三ツ鳥居」は、伊勢神宮の式年遷宮の際の撤去材の中から「倭姫宮参道鳥居」の古材を譲り受け、平成27年に再建されたものです。

     

初代の斎王 「豊鍬入姫命(とよすきいりひめみこ)」の社も創祀

また、向かって左側には、この地に天照大御神の御霊を遷幸された「豊鍬入姫命(とよすきいりひめみこ)」をお祀りする「豊鍬入姫宮(とよすきいりひめのみや)」(大神神社の末社)が鎮座しています。
「豊鍬入姫命(とよすきいりひめみこ)」は、初代の御杖代(みつえしろ)<=斎王:天皇に代わって大御神様にお仕えになる方>として奉仕された威徳を尊び昭和61年に創祀されたものです。

      

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「しめ縄」越しに 二上山 を眺望

檜原神社境内からしめ縄を通し真っすぐ先にラクダのコブのような二上山が見られます。

この二上山の右側の雄岳の山上には、「大津皇子(天武天皇の皇子でありながら、持統天皇期に謀反の疑いにより命を絶たれた)」の墓があるといわれます。

     

万葉集には、大津皇子の姉の「大伯(おおく)皇女」が、
大津皇子を偲んで詠んだ

「現身(うつせみ)の人なる吾や明日よりは
        二上山を弟背(いもせ)と吾が見む」

という歌が残っています。

大伯皇女、大津皇子は、共に、持統天皇(讃良皇女)の姉の大田皇女と大海人皇子(天武天皇)の子ですが、大田皇女が若くして薨去(こうきょ)されたため、歴史の表舞台に立つことができなかったといわれています。

大田皇女が存命であれば、天武天皇の皇后は、持統天皇(讃良皇女)ではなく、姉の大田皇女であり、その子の大津皇子が天皇になっていたであろう
ともいわれています。

     

      

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大和な風景としての撮影スポットにも・・

そして、檜原神社境内から望む、大和国原、二上山は、古代より眺め続けれた場所なのでしょう。

真西に望むことができる二上山は、春分、秋分の日頃には、その雄岳と雌岳の間に夕日が沈む夕景が見られ、大和を代表する夕景色にあげられており、撮影スポットの一つとなっています。

私自身、春分、秋分の日の夕景は、眺めてことがないので、今後機会を持でればと思います。

ここでは、イメージを膨らませながら、合成で創作してみました。この画像は、合成です。いつか実写に置き換えたいと思います。

     

檜原神社の画像ギャラリー

リピートになる画像も結構ありますが、檜原神社のギャラリーにしてみましたので、改めて通してご覧いただければ幸いです。

 画像を「クリック」すると大きく見られます。
 スマホでは、タップで拡大後、「スワイプ操作」で次の写真が見られます。

Photos by Catharsis  無断転載禁止 ©Catharsis 2021-2024


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檜原神社へのアクセス

アクセス

所在地:
  奈良県桜井市三輪1422

最寄駅:
  JR 三輪駅、JR 巻向駅

  • それぞれ、「山の辺の道」を経由し、 徒歩30分から40分程度。
  • 「JR 三輪駅」から「大神神社」を参拝し、「山の辺の道」を歩くのがおすすめ。

基本情報

拝観時間:
    9:00~17:00

拝観料:
   無料

駐車場:
   有
※ ただし、道幅が狭く散策の方のもいらっしゃるためお勧めできません。
山の辺の道の散策と合わせての拝観がお勧めです。

      

近隣の見どころ

天理の「石上神社」から「大神神社」、そして 桜井 までの「山の辺の道」は、古道散策の人気スポットです。
多く古墳や史跡もあり、古代に思いを馳せながら歩きたい道です。

     

また、「大神神社」に隣接する「狭井神社(大神神社の摂社)」からは、大神神社の御神体山である「三輪山」に登拝することもできます。

           

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